長野県から太平洋まで。5泊6日、自力で漕ぐ227㎞
真夏の自転車大冒険
夏のある日、長野県のサイクルステーションに6人の子どもが集まりました。
今日から6日間、キャンプをしながら自転車で太平洋を目指します。
知らなかった自分と出会う特別な夏休み。一生忘れられない冒険が始まります。
文・伊藤俊明
写真・山本 智

小口良平さんは、7年半をかけて世界161カ国、およそ16万㎞を走破した自転車冒険家です。帰国後にグラブバイシクルを立ち上げ、長野県辰野町を拠点に自転車の楽しみを伝えるさまざまな活動を続けています。
「グラバイキャンプ」は、グラブバイシクルが主催する子どもたちのためのサマーキャンプです。「日本中心の碑」が建つ長野県辰野町から、富士山麓を抜けて太平洋を目指します。小さな子どもたちが自分の力だけで移動する227㎞。夏の暑さにもゲリラ豪雨にも負けず、力を合わせて進む5泊6日の自転車大冒険です。
小口さんがこのキャンプを始めたのは“自転車だからこそ見えてくる世界”があることを、子どもたちに伝えたいと思ったのがきっかけでした。
「自転車なら、いままで経験したことがないような長距離も移動できます。自分の足でペダルを漕ぐことで世界が広がっていく、それはまるで自分で人生を広げていくような感覚です。その喜びを子どもたちにも知ってほしいと思いました」
小口さんは、子どもたちに4つのことを伝えたいと考えています。ひとりではできないことも仲間と力を合わせれば達成できること。それまで経験したことがない「初めて」にチャレンジすることで自己肯定感を高められること。デジタルな時間が増えているなかで自分の体を使って体験すること。そして、物を大切にすることです。
日中は集団で走り、その日の目的地に着いたら夜はキャンプです。子どもたちは日替わりでリーダーを決めて、リーダーの指示で行動します。途中にはラフティングや川遊びのようなアクティビティも挟んでいますが、時間を無駄にするとお楽しみの時間は減ってしまいます。食事を作ったり、テントを張ったりするのもすべて自分たちで行ないます。スタッフがやるのは、子どもたちが自己意識を持って能動的に進んでいく環境を作ることです。安全を管理しアドバイスすることはあっても、手助けは本当に必要なときに、最低限しか行ないません。
こうして生まれる濃密な時間を過ごすことで、子どもたちは短時間でも多くのことを吸収し、ぐんぐん成長します。
疲れもピークに達する4日目のこと。参加者6人のなかで、体が小さい子はどうしてもひとり遅れがちでした。その日は午後にはキャンプ場に到着して川遊びをする予定で、子どもたちはそれをとても楽しみにしていました。
何度目かの休憩ポイントに着いたとき、予定はだいぶ遅れていました。暑いなか待ち続けるのはチームの士気にも影響します。スタッフも気を揉む場面です。

小口さんは14時にはキャンプ場に到着したいと考えていました。いい時間に遊ばせてあげたかったし、日が陰る16時には水も冷たくなってしまいます。最後尾にはスタッフが付いているので安全面は心配ありません。残念だけど、彼を待たずに先に進もうかと声をかけると、リーダーははっきりと答えました。
「ここまでみんなで来たんだから、あの子が来るまで待ちたい」
あとになって子どもたちの何人かが、同じようなことを小口さんに打ち明けたそうです。「ひとりじゃ辿り着けなかった。遅れてもみんなが待っていてくれたからがんばれた」。川遊びは30分しかできませんでしたが、そのことを不満に思う子どもはひとりもいなかったはずです。
最終日、茶畑の間を縫って走った道は、ついに太平洋にぶつかりました。堤防に自転車を止めて海に飛び込みます。ゴールまであと少し。公園で家族が待っています。ひとりも脱落せずにやり遂げた子どもたちの顔は誇らしげで、昨日より少し大人っぽく見えました。

小口良平さん
2008年に自転車で日本を一周したのち、2009年からこれまでに世界161カ国、およそ16万キロを走破した自転車冒険家。長野県辰野町のサイクルステーション「グラブバイシクル」を拠点に、自転車ガイドやガイドの養成、街づくりに自転車を活かすアドバイスなど、自転車に関わるさまざまな活動を展開している。
グラブバイシクル
https://gravbicycle.com/