笑顔で繋ぐ、“魚沼木炭”職人の覚悟と未来

消えかけた新潟県魚沼市の特産である“魚沼木炭”を引き継ぎ、里山と人々を繋ぐ中川宏さん。

失敗を恐れず笑顔で木炭と向き合い、歴史と伝統を守り、新たな可能性へ挑み続けている。

素朴な木炭だが、驚くほど奥深い。

文・猪野正哉 写真・山本 智

 なるべく初対面なら好印象を持ってほしいと思うし、第一印象は見た目の影響が大きいと言われている。まして取材や撮影となれば、少なからず格好をつけたり、普段より背伸びをしてしまうものだ。しかし今回、取材させていただいた魚沼木炭の職人で中川製炭代表の中川宏さんには、そのどれもが当てはまらなかった。顔を真っ黒にしながら、第一声は満面の笑みで「失敗しちゃって、いま片付けていますので、お待ちください」と、まるでコントのような出迎えだった。職人なら失敗は許されないもの、という先入観をいい意味で裏切られた瞬間だった。包み隠さず、飾らず、失敗をそのまま言葉にする姿に、一瞬にして好感を抱いた。取材を進めていくなかで、その笑顔の理由が少しずつ見えてきて、最終的には「この人は本当に強い人なのだ」と深く納得させられた。

 かつて新潟県魚沼市エリアは、木炭づくりの産地として盛んで、20年前までは生活に欠かせない燃料だったこともあり、生産者は20人を超えていた。しかし現在、黒炭作りを行っているのは中川さんただ一人となってしまった。木炭の需要は年々減少し、一般家庭で使われる場面はバーベキューくらいに限られている。さらにホームセンターには、国産よりも安価な外国産木炭が幅を利かせ並び、価格競争の波が押し寄せている。

木目が綺麗に浮かび上がりながら燃えるのは品質が高い証拠。焚き火とはまた違うが、花のようにメラメラし見入ってしまう

「超高齢化などで衰退している感は否めず、私が踏ん張っている感じですね(笑)。業界の現状は厳しいかもしれないけれど、それでも『魚沼木炭』の歴史や伝統は途絶えさせたくない」。その言葉には、決意と覚悟がにじんでいた。

 とはいえ、生産工程は想像以上に骨が折れる。魚沼市の里山整備事業で間伐された原木を、まずは窯に炭化しやすい大きさに揃えて隙間なく立てこむ。ようやく火入れに入っても、焼きに5日間、冷却にさらに5日間を要する。取り出した後も、等級ごとに分別し、規格サイズに切りそろえる作業が待っている。10日以上かかるこの一連の工程を、ほぼ一人で担うのだから、その大変さは計り知れない。並大抵の覚悟では続けられない仕事だ。

「長いサイクルをかけても、すべてが成功するわけではない。失敗することもある。それをいちいちくよくよしてもしょうがないので、失敗は“財産”として次への糧にしています」。そう語るからこそ、あの出迎えの笑顔が自然に見え、失敗すら楽しんでいるように感じられたのだ。

コツコツと黙々と炭にする木を窯に運ぶ、中川さん。気の遠くなるような作業を淡々と積み重ねる姿こそ、職人の本質である。

 中川さんは地元出身ではない。神奈川県に生まれ、高校卒業後は世界各地を旅しながら働く生活を送っていた。北米、中南米を渡り歩くなかで、縁あって約30年前に辿り着いたのが旧守門村、現在の魚沼市だった。移住後は製材所に勤め、以前から興味を持っていた炭焼きを10年前から本業にしている。この地域は豪雪地帯で、12月末から3月頃までは炭焼き場が雪に埋もれ、作業ができない。それでも地元の人々との交流や、雪深い土地ならではの暮らしに惹かれ続け、気づけばこの地が生活の拠点となっていた。そうした背景もあり、地域貢献にも積極的に取り組んでいる。

「私にも何かできることはないかと思い、市内の障がい者就労支援施設『ひろかみ工芸』に仕事をお願いしています。木炭の袋詰めや袋折りなど限られた作業ですが、林業と福祉をつなぐ“林福連携”として、新しい形を模索しています」

『顔の見える野菜』のように、作り手の存在が見えることで価値は変わる。ただの炭だったものが、背景を知ることで特別な存在になるのだ。

 さらに中川さんは、炭の新たな可能性を追求し、次々と新しい提案を生み出している。その一つが、UL(ウルトラライト)燃料としての木炭活用だ。小型ウッドストーブは小枝を頻繁にくべる必要があり、固形燃料では物足りない。そこで軽さと火力を兼ね備えた木炭を数個使えば、1時間から1時間半は安定して燃え続ける。燃費もコストも抑えられ、実用性は高い。この発想は、冬場のバックカントリーガイドなどアウトドアの仕事を経験してきた中川さんならではだ。実際、火付きがよく扱いやすいことから、アウトドアフィールドでの活躍は間違いない。量産品のようなケミカルな臭いもなく、爆ぜることも少ない。その静かな炎は、中川さんの人柄を映すかのようだ。

釜の内部はドーム状になっていて狭く、中腰での作業に。ドームいっぱいに原木を敷き詰めるので経験と根気が必要になってくる

 炭は燃料としてだけでなく、消臭、炊飯、水の浄化など、昔から暮らしの中で幅広く使われてきた。便利な製品があふれる現代だからこそ、炭の持つシンプルな力が、生活を見直すきっかけになるのかもしれない。

「炭焼きの一番の魅力は、無駄がないこと。間伐材も木炭にすれば再生可能エネルギーになるし、煙も冷やせば木酢液として肥料になる。燃料だけでなく、さまざまな場面で活躍する。木炭は究極の素材なんです」

 笑顔で語るその言葉の裏には、数え切れないほどの苦悩と努力が積み重なっている。炭焼きは森を健全に保つ間伐と深く結びつき、里山の循環を支える仕事でもある。人が適度に山へ入ることで、熊など野生動物との境界が生まれ、結果的に地域の安全にもつながる可能性がある。つまり炭焼きは、自然と人、そして地域をつなぐ重要な役割を担っているのだ。

 担い手不足や厳しい労働環境など、課題は山積している。それでも中川さんは、魚沼木炭の火を絶やすことなく、今日も窯に向き合っている。失敗を恐れず、笑顔を忘れず、魚沼木炭の火を未来へつなぐために。その黒く煤けた顔には、誇りと覚悟、そして自然と共に生きる職人の強さがにじんでいた。

 取材を通して、中川さんの炭焼きには、効率や生産量を最優先にしない姿勢が一貫しているように思えた。大量生産には向かず、手間も時間もかかるが、それでも一窯一窯に向き合う理由は「自分が納得できる炭を出したい」という一点に尽きる。売れるかどうかより、使う人の側に立ち、安心して燃やしてもらえるかどうかだ。その基準が、炭の質を支えている。時代に逆行しているようにも見えるが、その不器用さこそが、中川宏であって魚沼木炭の価値を静かに、しかし確実に高めている。

魚沼木炭

サイズ毎に、3つの商品ラインナップが用意されている。

七輪の炭(2kg)

七輪や卓上コンロに適したサイズで、厳選された木炭は高品質

UL燃料(500g)

七輪用より一回り小さいサイズ。お1人様BBQにピッタリな量

魔法の炭(3本)

臭や除湿になり、水の浄化にも利用できる。炊飯に使うのも◎

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猪野正哉

焚き火マイスター/アウトドアプランナー。焚き火好きが高じて、雑誌のライティングからテレビやYouTubeの焚き火監修、焚き火講師も務めるまでになった。著書に『焚き火の本』『焚き火と道具』(ともに山と渓谷社)がある。

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