MSRアンバサダーで登山ガイド/アルパインクライマーの佐藤裕介さんが2022年にパキスタンのチャラクサ氷河で行ったクライミングツアーのレポートを全4回で紹介します。

国内トレーニング

 3月下旬、坂もっちゃん(坂本)とフリークライミングを1日楽しんだ夕方、明日に予定している瑞牆パキトレ(パキスタンへ向けてのトレッキング)について彼と話し合った。よりによって本格的なトレーニング初日から雨予報である。かなりの降水になりそうだし雪になる可能性も十分にあり得た。先月決めた通りトレーニングは雨天決行だ。

 「海外の山のクライミングって好条件の壁だけを登ってるだけでは通用しないよ。暗い時もあれば壁が濡れてることだってありえる。そういう悪条件でもしぶとくピーク目指して登り続けられる奴が完登できるんだよ」と佐藤が偉そうに講釈を垂れ決めた方針だった。

 坂本は「出発を早めましょうよ。パキの本番で雨が降るのが分かっていて、本気トライすることなんてないんじゃないですか。」と、もっともな意見が出て本格的な降水前にマルチを数本登れるようにすることに決めた。朝9時には本格的な降水となりそうなので登攀時間を9時間は確保しようとすると今日の夜半に登り始めなければならない。これから各自自宅に戻って大急ぎで用意を整えとんぼ返りで集合すると決めて22 時集合とした。ほぼ全員徹夜状態で集合。23 時から歩き出した。いつものように「ペチャクチャ」お喋りしながら楽しくスタート。「これだけお喋りしながら本気トレーニングしているパーティーもいないだろう」って言うほどに緊張感のないアプローチだが「チャラクサ氷河クライミングツアー」という舐めた遠征隊名にも現れているように、僕は楽しさを求める遠征にしたいと思っていた。

 3年前のパタゴニアでの事故以降、自分の山を再開するにあたり僕のなかで確固たる決意が生まれた。なんだかカッコ良く決意なんて表現したが、要は「完全に人生を楽しもう」と言う当たり前のこと。コロナ渦になって以前には考えられないようなことが起こっている。クライミングをしていれば事故もあるかもしれないけど、人生何があるのか分からないとこの数年思い知らされた。今をしっかり楽しまなければと強く思う今日この頃である。

「全天候型のトレーニング方針」と「楽しみ」との間に違和感を感じる読者もいるだろうが、僕らが目指す「楽しみ」を達成するためなら必要な努力は惜しまない主義だ。日本の慣れ親しんだ環境でできないことは海外遠征でできるはずがない。少なくとも簡単に想定できることはトレーニングしていこうと思っていた。

簡単にメンバーの紹介をしておこう

・ルー君(田中暁):
ヌボーとした顔で常にヤル気があるか無いのか良くわからないがクライミングセンスは抜群だ。筆者同様沢登りも好きだが、沢を目的に行ったレユニオン島へ着いて初日の「乾杯!」と同時にぎっくり腰になった程の「ガラスの腰」を持つ。実はチョーお喋り。

・坂もっちゃん(坂本健二):
坊主にメガネ。どこにでもいそうな学生に見えてしまう彼もいつの間にか40 歳だが相変わらず脱ぐと凄い。風呂場で彼にあったクライマーは尊敬の眼差しでその身体を見つめることになるはずだ。少なく見積もっても5.14 は登れそうなボディを持つ。口癖は「腹へったなぁ」。いまだに学生的な食欲を維持している。

・ゆーすけ(佐藤裕介):
割りとオールラウンドに登山を続けてきたが、パタゴニアで大事故を起こし負傷。3年ぶりの海外クライミングとなる。
 負傷とは関係ないが物忘れが酷く「周りが気を付けてくれないと困る」とメンバーに伝えるほど。常に監視が必要なリーダー。ヤル気だけはある。

瑞牆パキトレ初回の話に戻ろう

 計画通り一本目は『調和の幻想』から。末端壁で登攀準備をしてリード役の佐藤がライトに照らされた壁に取り付いた。しかし早くも雪がちらつき出し先行き不安である。今回基本的にはリード役とフォロー役がいて、サードは大半の荷物を背負ってユマーリングする場合が多い。システムの変更を頻繁にするのは時間がかかるので、瑞牆では概ね1ルートを登りきるまではリード役は固定で行った。

 ピッチを進める毎に壁は雪に覆われていき信じ難いことに最終ピッチはまるで冬の錫杖や明神を登っているかのような状態になってしまった。本気でクランポンとウインターブーツが欲しいほどの雪まみれの壁をTCPro(ミドルカットのクライミングシューズ)でジリジリと進む。手の感覚は遠退き、フラットソールは滑りまくる。本当に恐ろしい。暗闇の中、ビレイヤーに何度も「頼むぞー」と呼び掛けなければならないほどに極度に緊張したクライミングとなった。自分を出し切るようなクライミングを久々に実践し3年間忘れていた本気の自分を見て「俺もまだ行けるかもな」と感じた。本気のクライミングが俺はやっぱり好きなんだと言うことも再認識した。雪壁のフリークライミングは懲り懲りだけど。。。

 最低でも数本は継続しようと思っていた当初の狙いは脆くも崩れ、本日はこの一本で終了。何はともあれ、いきなり事故にならなくて良かった。怪我をする前に退散しよう。

 これ以降のパキトレは天気さえ持てば毎回20時間以上登り続ける内容となり週一程度のトレーニングとは言えども中々ハードな内容となった。誰の行いが祟ったのか知らないが一日の最後は雨のピークと言うことが定番化するくらいトレーニング時、雨が良く降ったものだ。

 単純なクライミング能力と体力と言う面では当初からそれなりの力量を持ったメンバーだったが佐藤以外は海外の氷河上でのクライミング経験はほとんどない状態だった。それでもパキスタンに向けたトレーニングを積み重ね、夏が始まる頃には遠征パーティーとしての実力も上がってきたことを実感することができた。

 「これだけやれば結構登れるでしょう」と各自にもそれなりの自信が生まれたはずだ。パキスタン遠征前の最後のトレーニングが終わった日、これだけの内容の濃いクライミングを続け誰も怪我なく激しいトレーニングを終えられたこと。またこんな辛いトレーニングをもうやらなくて良い事にホッとしている自分がいた。

パキスタンへ

キャラバン2 日目(7 月20 日) 撮影: 鳴海玄希

 パキスタン遠征時、いつも使っているパキスタン航空は日本航路を現在休止中なので今回はタイ航空を利用しバンコク経由でイスラマバードに到着した。5年ぶりのイスラマバード国際空港が異様に立派で綺麗になっていて驚く、ちなみに空港職員はマスク無しであった。春に行ったネパールでさえ空港ではほとんどの人がマスクをしていたのだが。。。やはりマスク無しは快適だ。新空港は少々イスラマの町から距離があるが道路も良くなっていて何かと快適なイスラマ入りであった。2日間で荷をまとめリエゾンと合流後、再び空港へ、スカルドまで快適に飛行機を使って移動した。

 スカルドのホテルで、先発していたG Ⅵ隊(友人)がイスラマからバスで運んでくれたガス缶をゲットした。(今年はガス缶が不足しているようでスカルドでは250g のガス缶が1 缶40 ドル!)1日半の買い出しを経てフーシェに移動。物価がかなり上がっていてルピー換算で5年前の2倍。ジープやポーター代などもやはり2倍となっていた。(円・ルピーの為替も変化しているので、円換算で1.5 倍程度)

 5年前と同様、2日間でK7 のベースキャンプ入りとなった。やはりチャラクサ氷河はクライマー天国である。美しくカッコいい壁が目白押しで待ち受けてくれた。

 K7 の南西稜をトライしていたイギリス隊は先日、登攀2P 目で落石の為右手を負傷してしまい明日下山するそうだ。可哀想すぎる。イギリス隊は登攀メンバー3名、撮影を目的に来たメンバーが2名。撮影隊はここに残って他の登山隊のクライミングシーンなどを撮影したいようだったが、同行していたリエゾンが「遠征隊は同一の行動をしなければならない」という基本原則に従って「全員同時に下山しないとダメ」と指示され仕方なく全員下山するそうだ。我々はK7 隊の2名と、クライミングツアー隊の3名でチケット日程も別である。今回、ベースやリエゾン、ガイド、コックなどを2隊でシェアし経費も節約しようと、5人共にK7 隊として登山申請を行っていた。基本原則通りだと、K7 隊がクライミングツアー隊の短期間の日程にあわせなければならなくなってしまう。

 真面目な我々のリエゾンは、案の定同一の行動以外は認めないと頑なに言い続け、結局K 7隊もベース滞在が実質18 日間という、7000m の山に登るには異常に短い期間となってしまった。パキスタン史上初の不信任決議案可決からの政権交代の影響もあるようで登山許可の手続き、レギュレーションやルールなど色々なことが変わってきている。これからは、ベースシェアなども少し難しくなるのかもしれない。

第二回へ続く

ギアレポート

MSR|ドラゴンフライ

高所登山に付き物の順化登山は、水分補給がいつも以上に重要だ。強力な火力で素早く雪から水を作りたかったのでドラゴンフライを持参した。これさえあれば強力な強火から炊飯時のトロ火まで自由に火力を調整しながら何でも使える頼もしいガソリンストーブだ。

パキスタンの地方都市で手に入れたガソリンは不純物が入り込んだ質の悪い物で、最初は目づまりに悩まされたが、このガソリンの扱いに慣れてきたら何とかなってしまうのもMSRのガソリンストーブの強みだろう。燃料を選ばす様々な調理に使いやすいドラゴンフライは私の旅に欠かせない火器である。

ドラゴンフライ | MSR 公式 (e-mot.co.jp)


Therm-A-Rest|ベースキャンプ

遠征期間終盤。今日は暗くなるまでクライミングを続けることとなった。ベースキャンプに戻ってきたのは22時を回ってしまった。強烈な疲れが体を支配している。このベースキャンプでいつまでもノンビリと過ごしたくなってしまうが、遠征期間内にピークを目指すには明日一日で疲れを癒やし、アタック体制に入らなければならない。

「ベースキャンプ」はその名の通り、遠征におけるベースキャンプ生活に必要な機能を備えたマットだ。

厳しい遠征登山は疲労の蓄積を如何に抑えるのかがとても重要だ。「ベースキャンプ」は厚さ5cm、R値6という快適さを保ちながらもキャラバンで持ち歩ける大きさに収納可能である。遠征や海外クライミングツアーのパートナーしてこれからも「ベースキャンプ」は僕を支え続けてくれるずだ。

ベースキャンプ | サーマレスト 公式 (e-mot.co.jp)


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By 佐藤裕介

出身地: 山梨県
日本山岳ガイド協会山岳ガイド ステージ II
主な活動エリア: 日本アルプス全域、山梨周辺のロッククライミングエリア、山や岩がある世界各国
山岳ガイド 佐藤裕介:http://www.sato-alp.com/

1998年、アルパインクライミングと沢登り(主にゴルジュ)を中心に活動開始。以後フリークライミング、高所登山を含むアルパイン、ビッグウォール、アイス、沢登りなど、山をフィールドに幅広い分野を遊び倒している。