ADVENTURE ESSAY BY HOBOJUN|Tent is my sky.

なぜ人は、ひとりで野に出るのか。

なぜテントの中は、こんなにも落ち着くのか。

風に揺れる森の夜、MSRの小さなテントの中で、

僕はその答えを探していた。

文・ホーボージュン 写真・山本 智

Tent is my sky.

 夜半を過ぎたころ、風は北西に変わり、メッシュパネルをすり抜けて入ってくる空気が、はっきりと冷たくなった。

 僕はフライシートのベンチレーションを閉じると、それまで足元に無造作にかけていたシュラフに胸まですっぽりと潜り込み、文庫本の続きを読んだ。

 ジョン・クラカワーの『イントゥ・ザ・ワイルド』。1992年、アラスカの原野で餓死した青年の足跡を追ったノンフィクション作品だ。

 主人公はワシントン郊外の裕福な家庭に育ったクリス・マッカンドレス。何不自由なく育った若者が、なぜ人ひとりいない荒野で死ぬことになったのか。なにが彼をウイルダネスへと向かわせたのか。作者のクラカワーはクリス青年の足跡を丹念に辿り、その苦悩と衝動を静かに描き出した。

 この作品は出版と同時に世界的なベストセラーとなったのだが、冒険と彷徨を渇望していた当時の僕にとっても忘れがたい一冊となった。そして今でも、こうして時々読み返している。

 薄い天幕の向こうで、森がざわざわと歌っていた。

 最初は小さなささやき声だった音は、やがてグループコーラスになり、さらに高校生バンドが文化祭に向けて練習しているくらいの音量へと育っていく。

 僕は気にも留めずに読書を続けていたが、頭上に枝を広げたブナの巨木がブンブンとヘッドバンキングを始めるころ、高校生バンドはホーンセクション付きのフルバンドに変貌し、文化祭はフジロックのグリーンステージ並みの熱量を帯びはじめた。どうやら今夜は、暴風フェスになりそうだ。

「あとでガイラインを追加したほうがいいかもしれないな……」

 ぼんやりそう考えながらも、僕は文庫本から顔を上げなかった。物語は核心に差しかかっていたし、なによりこの小さくも頼りがいのあるテントを、僕はすっかり信頼しきっていたのだ。

 今日使っているのはMSRの「ハバハバLT1」というモデルだ。ハバハバシリーズは高所登山や遠征用のモデルが多いMSR製品の中にあって、居住性にも優れるのでバックパッキングや放浪系の長旅にも使われる。日本でも人気の高いシリーズだ。

 じつはハバハバは2025年に大きく生まれ変わった。フレームのディメンションを改良して内部空間が広くなり、風にも強くなった。以前なら気になっていた横風も、いまはもう気にならない。だから僕はこうしてのんびり本を読んでいられるのだ。

 またLTモデルは本体重量がわずか1070gしかなく、この軽さがこれまで以上に僕に移動の自由を授けてくれた。

 明るいオフホワイトのフライシートも気に入っている。テントの色は各人の好みが分かれるところで、遮光性の高い濃色を選ぶ人もいれば、自然に溶け込むアースカラーを好む人もいる。でも僕は長旅には、なるべく明るく柔らかな色を選ぶようにしている。そのほうが緊張がほどけ、ゆったりと呼吸ができるからだ。じつは昔、僕はテントの色で酷い目にあったことがあるのだ。

 1995年の阪神・淡路大震災。僕は地震発生直後から震災ボランティアとして神戸市長田区に入り、春まで現地で活動した。長田は大規模な火災が発生し焼け野原になったエリアだが、僕は焼け残った児童公園にテントを張ってそこをベースにした。被災者の苦労に比べれば、僕らボランティアの苦労など取るに足らない。それでも2カ月、3カ月と極度の緊張状態で活動を続けるうち、心身は確実に摩耗していった。

 そんな中で、地味に効いてきたのがテントの色だった。

 当時使っていたのは、ゴリゴリの山岳モデルで、本体は緊急時の視認性を重視した鮮やかなイエローカラーだった。機能としては正しい。だが、その色は僕の気持ちを休ませてくれなかった。

 狭いテントでの連泊が30泊を超えるころ、僕はその緊急色に耐えられなくなり、よく眠れなくなった。そして最終的にはテントを避け、外で眠るようになってしまったのである。

 それ以来、雪山や遠征でない限り、なるべくリラックスできる柔らかな色を選ぶようにしている。それは大正解だったのだが、その結果こうしてテントの中で本を読んだり、だらだら過ごす時間が増えてしまった。

「もうどこにも行かず、このままテントにいてもいいや」

 いまではすっかりそんな感じ。いつのまにか僕は相当なアウトドアのインドア派に成り下がってしまったようである。

 物語がひと段落したところで、僕は文庫本を閉じ、ゴロンと仰向けになった。

 ヘッドランプに照らされたインナーテントが、ゆらゆらと風に揺れていた。

 天井を見つめながら、頭上を転がるように流れていく木の葉を想った。ざわざわと揺れる森を、ちぎれ飛ぶ雲を、その上で輝いているだろう月を想った。そして同じ月に照らされているアラスカの原野と、ひとりぼっちのクリス青年の孤独を想った。

 アラスカは長い夜を終え、もうすぐ朝を迎えるころだ。まっ暗だった夜に、もう暁の光は差し始めているだろうか。クリスはそこに生きる希望を見ただろうか。

 じつは若いころ、僕はひとりでアラスカ・デナリの原野にトレッキングに出かけ、その途中でルートを見失って、まる四昼夜も彷徨った経験がある。

 このときはなんとか自力で脱出できたのだが、耳が痛くなるほどの静寂の中で震えながら過ごしたその4日間は、いまも消えない恐怖として心の底に残っている。

 それでも、僕はその後もひとりで野に出続けるのを止めなかった。いったいなぜだろう?これはクリス青年ではなく、自分自身のことだ。それなのにその衝動や渇望の奥にある“火種”のカタチを僕はいまだにうまく言語化できない。

 もちろんひとりは怖い。そしてさびしい。それでもテントを背負って旅をしている時の自由な感覚と、凛とした空気、そして勇気づけられるような感覚はなんなんだろう。

 小さなソロテントの天井を見つめながら、そんなことを考えていた。

Tent is my sky.

Backpack is my pillow.

 僕の名刺には、こんな言葉が刷られている。これはもう30年以上キャッチフレーズにしている文言だ。初めて会う人に自己紹介代わりに使うにはあまりに青臭いとも思うのだが、それでも変えていない。

 この文言のように「空の下で生きていこう」とはっきり決めたのは26歳の頃。四輪駆動車を駆り、サハラ砂漠を横断した冒険行がきっかけだった。

 この旅ではそれこそ生死を分けるような体験をしたのだが、最も鮮明に心に刻まれたのは「くるぶしから上がすべて星空」という凄まじい星空だった。

 それまでも先輩方からサハラの星空の凄まじさはさんざん聞かされていたのだが、想像を遙かに超える濃密さだった。まるで自分が宇宙空間に放り出されたような感覚で、童話『星の王子さま』の挿絵の中に入り込んだようにも思えた。

 その後、僕は4度サハラを横断し、中国、モンゴル、ペルー、チリの砂漠を渡り、やがてアラスカ、パタゴニア、ヒマラヤ、北極圏へと旅を広げていった。

 どの旅にも共通しているのは、「大きな空」だった。

 街に暮らしていると忘れてしまうが、僕らはいつも空の下にいる。その空は地球のどこへ行ってもつながっている。薄いナイロン一枚のテントで眠ると、その事実をひしひしと感じる。だから僕は山小屋やロッジを利用せずテントで眠ることが多い。

 テントは、風雨から身を守る心強いシェルターだ。同時に、僕らが常に空の下に生きていることを思い出させてくれる装置でもあるのだ。

 低い天井を見上げながら、その向こうに広がる星空と、無限の宇宙を想う。

 たぶん、それが好きで、僕は野宿の旅を続けている。

 いつの間に眠ってしまったのだろう。気がつくと僕は開いたままの文庫本に突っ伏して寝落ちしていた。

 点けっぱなしにしていたヘッドランプがすぐ脇に転がっている。電池が弱ってしまったのか、かすれるような弱々しい光がぼんやり灯っていた。

 だが、自分の手元がハッキリと見えた。いったい何事だろう?僕は寝ぼけ眼のまま、ノソノソとテントを這いだした。

 僕の頭上にはまばゆい月が輝いていた。空を覆っていた風雲は去り、もう少しで満月を迎える白い月が天頂に登り、木々の間から僕をまっすぐ照らしていた。

 風はもう止んでいた。

 光が地上に満ちていた。

 白いフライが月の光を反射して、僕の顔を柔らかく照らしていた。

 Tent is my sky.

 ずっとこうして旅をしていたい。

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ホーボージュン

全天候型アウトドアライター。 アウトドアと野宿の旅を好み、海のそばで家族と暮らす。MTBによる南米大陸縦断、ユーラシア大陸横断、パリ・ダカールラリー出場、シーカヤックでの外洋航海、6000m峰登山など、多彩なアウトドア経歴を持つ。それらの経験に裏づけされたアウトドアギアの知識は、国内随一。 写真は2025年夏、南米パタゴニアを旅した時のもの。

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