BACKCOUNTRY RESEARCH

入道岳へのラッセル

Words & Photos : Gaku Harada

奥深き魚沼エリアを探検し続けている撮り手と滑り手による、八海山主峰「入道岳」への長い道程の寄稿

越後三山のひとつ八海山。その主峰である入道岳の存在に惹かれてしまったのは、ある雑誌でそれよりも南に位置する阿寺山の滑走記事を目にしたことがキッカケだった。写真の背景に何気なく写っていた入道岳の南東面は、まさにピラミッド型で滑るには魅力的な斜面に思えた。ここ数シーズン、新潟長岡ロコの吉田勇童と共に、越後駒ヶ岳、中ノ岳、守門岳に浅草岳と、八海山周辺の山々を徘徊しまくっていたこともあり、まだ見ぬ入道岳への妄想は膨らむばかりだった。ちなみにその妄想によると、このピラミッドのピークへは阿寺山を経由するロングルートがベストのようだ。

そして迎えた先シーズン。妄想し過ぎた入道岳をそろそろ吐き出してやらないといけないほど頭の中がパンパンに膨れていたので、まずは体感してみようと動いた。豪雪地でのロングルートゆえハイクタイムはイメージよりも押すだろうし、帰れないパターンも考えると、ビバークできるようにテントや寝具、食料を事前にデポするべきと判断した。そうすれば何度もアタックできるかもしれないし、時間制限なく山と向き合えるんではないかと。降雪による山の仕上がり具合もぼちぼちとなった1月中旬。カメラ機材とスノーボード、そして持てる分の食料やテントを背負って歩みを始めた。この日の天気図はしっかり高気圧に覆われて1日中快晴の予感。けれど前日までの降雪が歩き出しの林道で膝下、斜面に出てからは膝上 時々 腿の深さ。体重とザックの荷が重い僕はスノーシューに延長テールを付けることにした。ゆっくりと阿寺山までの直登尾根を休んでは登り休んでは登る。ここはスプリット慣れしていないと結構キツイ斜度で、板を脱いでつぼ足の場面が度々登場しそうなので、オーソドックススタイルでトラブルの少ないスノーシューを選択している。

くだらない会話は止むことなく新雪と戯れながらぐんぐん高度を上げていく。針葉樹から始まり、ナラやカンバの混成林を抜けるとブナの森が広がってくる。すると左手の奥に、一瞬で入道岳とわかる三角形の山容が見えてきた。ウネリと起伏が激しそうだ。何度も休みつつその度に妄想に耽る。隣では事前にプリントした地図を見て指差し確認する勇童がスノーシューを脱いでリラックスモード。しばらくお互いの時間を夢中で過ごした。

この日の目的は荷物のデポとルートの確認。いい所まで行ったら下山を楽しもうと最初から話していた。デポした場所がわからなくなるオチが想像できたので、しっかり目印となるシンボリックなブナを見つけてそこに預け、しばらく真っ正面に見える次回滑るであろう斜面と対峙する。ここまで来るとかなりのスケールだ。お腹が空いているから大きなおにぎりにも見えてくる。左奥には八海山の厳つい峰々が並んでいるが、入道岳はそれらを凌駕するほどの山体だ。標高1 , 7 7 8 mと八海山の中で一番高い主峰はどのルートからも遠い。その山容を目の当たりにし、そこからなかなか離れることができなかった。明るく綺麗に景色を見せてくれている間に下山することにし、今度は阿寺山へ向けてハイクバック。ピークへ着く頃には西日の時間になっていた。そして北向きの最高に気持ちいい沢を滑り続ける帰路へ。急登の続くルートは帰り道にいい斜面を滑れるから、苦労が報われる瞬間だ。

Yudo Yoshida

1週間後に次のタイミングは訪れた。その間、予定通り強烈な冬将軍様が通過したが、予想よりもしぶとく居座り続けたことで天候は微妙。アタック初日は翌日のための道づくりに徹することにした。降りたての雪はとても軽いがとにかく深い。平坦な林道で余裕の膝ラッセル。吹き溜まりでは腿や腰くらいはあった。
膝から上げていかないと前に進めないやつだ。まったくこの辺りの雪の降り方はハンパない。それでもゆっくりゆっくりと進み、荷物をデポした場所まで足跡をつけることができた。アタック当日は朝から好天が続く予報だ。前日のおかげで3度目となる林道&急登も気分的にも体力的にも楽だった。6時間はかかっていたデポ現場までを4時間弱で登り切れたのだから。
そしてここから入道岳のピークまでは見た目でおおよそ2時間ほど。ワンデイ・アタックなので帰れるギリギリの時間を想定してこの後の行動を決めることにした。勇童ともうひとりの新潟ロコ圭介とはここで別れ、僕はひとりアングル探しの徘徊へ。彼らは越後三山の縦走路となる五竜岳を経由し入道岳へ。あとは彼らの安全を遠くから見守り、時折、くだらない無線を入れるのみ。
けど2人はそれに付き合うこともなく黙々とドロップポイントへ近づいていく。結局2時間もかからずにピークへ到着するトータル6時間ほどのアプローチ。お疲れ様でした。
しかし、時間はちょうどトップライトの折り返しで、影もなく、斜面の起伏がわかりづらい午後2時過ぎあたり。天気もいいし、しばしご歓談ということで待機することに。徘徊したり、軽く滑ってみたり、寝てみたり、待ち時間は自由だ。雪庇の向こうで待っている2人は何をしているのだろうか? 身体を冷やさず待てているのか、無事に過ごしているのか、離れるといちいち不安になるので目を閉じてみることにした。

3時を少し回った頃、「ぼちぼち、どうですかね?」と無線が入る。
ちょうど影も伸び始めブルーの空に映える入道岳。左の肩からは八海山の八峰を従えている。僕はカメラを構え、「ぼちぼちやりますか」と無線を返した。いよいよ気の抜けない最高のショーが目の前で始まろうとしている。ここまでくれば、あとは重力に逆らわず安全第一で気持ちよく滑り降りてほしい。
「では数秒後ということで、よろしくお願いします」
最後の無線を残し、ピラミッドのピークから滑りだした勇童。
ラインは地図で何度も確認していた通りだったが、思ったよりサンクラストが激しかったのか、時折ボードが難しい動きをしていたのがレンズ越しに見受けられた。それでも大斜面を滑れている今この瞬間は最高の気分であろう。同時に早く安全に滑り降りたいとも思っているはずだ。ピラミッドの中腹に差しかかってやっとリラックスできたのか、レギュラーバンクの続く地形へトラバースし気持ちよさそうに当て込んでいく。彼の背景には、数年前までディグしまくって滑り続けてきた八峰が奥へと連なっていた。サポートで帯同してくれた圭介もライダーズレフトの大きな沢を気持ちよく安全に滑り切り、どうやらボトムで勇童とハイタッチを交わしているようだった。
2人が僕のいる場所まで登り返してきた頃には、辺りはオレンジ色に包まれ出し、風の音すらない無音の世界に。帰るべき時間になっているのにそこから動けない。次第にピラミッドは優しいピンク色に染まっていく。完全に身も心も入道岳にヤラれた記憶に深く残る1日だった。
ちなみに、この後も荷物の回収を含め2 回トライしたが雪が深すぎたりで全然だめだった。デポした荷物を取りに行った時の話も面白いが、それはまたの機会に。

Yudo Yoshida
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