関東の北端、茨城県県北地域にロングトレイルが整備されている。
発起人の和田幾久郎さんの案内のもと、生瀬富士や日本三名瀑の袋田の滝、
山の頂上に鎮座する西金砂山神社といったコース上の見所を巡りながら、
このロングトレイルはいかにして生まれたのか、その経緯を訊いた。
茨城のジャンダルムと呼ばれる生瀬富士
文/写真・奥田祐也
茨城県北部の6市町の山と里を1本の道で結ぶ全長約320㎞に及ぶトレイル「常陸国ロングトレイル」が今年中にも全線開通する予定だ。どこからでも歩き始められる周回コースには日本の原風景が残り、里山の豊かな自然と受け継がれてきた歴史文化に出会えるこのロングトレイルの構想は2019年に遡る。プロジェクトの旗振り役を務める和田幾久郎さんは、水戸のアウトドアショップ「ナムチェバザール」の代表であり、国内外の100マイルレースを走破するランナーだ。トレーニングで県北の山を走っていたある日のこと、見慣れていたはずの景色がいつもと違って見えた瞬間があったと振り返る。
ナムチェバザール代表。常陸国ロングトレイルプロジェクト代表。1967年茨城県水戸市生まれ。総合商社勤務を経て、1994年に実家の老舗人形店「祐月本店」を継ぎつつ、水戸市にアウトドアショップ「ナムチェバザール」をオープン。UTMBやMt.FUJI 100(旧UTMF)などの100マイルレースの完走経験があり、アウトドアスポーツでの地域振興にも熱心に取り組んでいる。
「つくば市などの県南に比べて過疎化が進み、時代に取り残されていた県北エリアですが、改めて里を見てみると、開発されてこなかったからこそ余計な建造物もなく、昔から変わらない里山の風景がそのまま残っているんです。日本の原風景が失われつつある今、この景色を見たいと思っている人は多いのではないか、捉え方次第ではこの県北地域こそが時代のトップランナーになれるんじゃないかと思ったんです」
北アルプスの絶景トレイルの土俵で比べると見劣りはするが、ここには里山ならではの価値がある。それは都心から近くにあって、人が自然と共存していた頃の風景が残っていること。
「街に暮らす我々の目線からすると、なんでこんな不便なところに暮らしているんだろうと思うかもしれませんが、かつては里山自体がインフラだったんです。様々な食べ物が採れて、燃料になる木も豊富で、水も綺麗でおいしい。里山は資源の宝庫であり、その麓に暮らせば豊かな生活ができた。里山から里に降りてまた里山へ、古道を歩くことで昔ながらの里山の暮らしを疑似体験できるし、ときにはすれ違う人から昔話や言い伝えを聞かせてもらうことだってあるかもしれません。昔の人にはこれがこう見えたんだろうなって、そんなことを想像しながら歩くのって豊かなことだと思うんです」
見ることに重きを置いたこれまでの観光施策ではなく、感じることが価値になるはず。きっと日本の定番の観光地を巡ることに飽きている欧米の富裕層たちにも刺さるだろう。そんな思いから和田さんは茨城県北ロングトレイル構想を県に持ちかける。県もそれまで地域振興策として他県から人を呼び込むキャンプイベントを毎年実施していたが、正直行き詰まりを感じていたことからこのプロジェクトは採択された。
「そのキャンプイベントに私も携わっていて、毎年盛況だったのですが、2日間のイベントが終われば夢から覚めたように元の日常に戻ってしまうんです。これを何十年繰り返したところで、地域の積み上げにはならないだろうと感じていました」
都会は進学や入社、転勤で次々に新しい人が入ってきて新陳代謝がいいが、地方はそこに長年暮らしている人たちを中心に経済が回っている。そのためそのエリアの機能が向上しないまま過疎化が進めば、いずれ商売も立ち行かなくなる。
「誰かがどこかのタイミングで種まきをしなければならないんですよ。でも、このトレイルプロジェクトが地域経済に寄与できているかどうかなんて、結果がわかるのは何十年先かもしれませんし、うちの店の売上に繋がるかも今のところでは正直わかりません。ですが、意味がないわけではない。地域のためのプロジェクトに関われていることが少なからず店のスタッフの誇りにもなっているようです。いずれこの地にトレイル文化が根付いて、歩きに来る人たちと地域との交流人口が増え、地元の人の関心の高まりと共にエリア機能が向上していく……そんな夢を描けるプロジェクトに関われるだけでも、私にとって精神的にはプラスになっています」
和田さんは自ら先頭に立って、320㎞に及ぶルート予定地を自分の足で実際に歩き、行政と連携して土地の所有者たちの許可をとり、900人を超す地域の有志たちと既存のトレイルを繋ぐ道を整備していった。こうして6年がかりでようやく完成に漕ぎつけた常陸国ロングトレイル。しかしここからが本当のスタートであり正念場なのだと、和田さんはまるで自分にも言い聞かせるように、内に秘めた決意を覗かせた。






