岩場で安全確保をするために岩の隙間に打ち込む伝統的な登攀器具ハーケンで1950年に創業したモチヅキ。創業時から今日まで日本を代表する金物の街、燕三条という地場産業の力を借りて、さまざまなアウトドアギアを作ってきた。2021年、オリジナルブランドTEPPAを立ち上げ、まず開発したのが鉈。その鉈が生まれる2つの工場を訪ねた。
モチヅキの本社から車で約10分。五十嵐刃物工業はドッカンドッカンと鍛圧機械の地響きが鳴る工業団地の一角にあった。熱窯で800度に熱する職人、ハンマーで鍛圧する職人、プレス機で型抜きをする職人、…。いく人もの職人たちの手を通って、鉈の金属部ができていく。どの工程も一瞬たりとも気が抜けない大事な作業。工場内に張り詰めた職人たちの緊張感と真剣な眼差しが印象的だった。「昭和52年にナタの製造を開始し、現在では年間7〜8万本の鉈を国内外へ出荷しています。国内のシェアはNO.1です。」代表取締役社長の五十嵐孫六さんが工場内を案内してくれた。 鉈の金属部分は、おおまかに約10の工程=10人の職人の手を経て、ようやく完成していた。鉈のほか、刈込鋏や剪定鋏も同様の工程で時間をかけて製造され、同じく国内トップシェアを誇る。 五十嵐刃物工業の刃物の特徴は、上質な鋼付きであること。木へ食い込む刃先に硬い鋼を付け、そのほかの部分は軟鉄で構成されている。その鋼は最小量に抑え、整形しやすい軟鉄に挟まれているので、比較的容易に砥げて、メンテナンスがしやすく、切れ味を復活させることができる。そして、その切れ味は長く持続する。これらの理由から五十嵐刃物工業の刃物は、さまざまな世界の職人たちの手により長い間愛用されてきた。
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続いて、モチヅキ本社から車で20分ほどの田園地帯に工場を構えるマサコー山口木工を訪ねた。鉈のほか、鍬、斧、ハンマーなどの持ち手となる柄を40年間製作している木工所である。 手のひらと直接つながるハンドルは、鉈の破壊力を左右する心臓部ともいえる。この形状、重心のバランスによって、遠心力と重力を最大限に生かし力のこもったトップスピードとインパクトを生む。「TEPPAの柄は、北関東のからっ風で鍛えられた樫の木を用いています。固くて加工するのに大変ですが、力を逃さず刃に伝へ、長く使えます。形状はモチヅキさんと打ち合わせを重ね、いくつもサンプルを作り、仕上げました。」 2代目の山口将門さんが工程を説明してくれた。乾燥した材をカットし、大まかな形に整え、ヤスリでシェイプし、目釘と口金で金属部分をセットする。 電動の木工ヤスリで柄を最終形にシェイプしているのは、将門さんの母親用子さん。手触りだけで何度もヤスリを当てて形を出していく。手袋はない素手だ。40年間続けてきた知識と経験が為せる技だった。柄の1本1本は目では同じように見えても、手作業なので微妙に違うだろう。つまり、TEPPAの鉈は職人の手による世界にひとつだけの代物というわけだ。 15時のチャイムが鳴ると従業員5人で木屑を投入した薪ストーブを囲み、お茶を飲む。その中に若い男性の姿があった。「2年前に、うちで働きたいというので正社員になりました。埼玉県の出身で、歳はまだ二十代。」将門さんは嬉しそうに笑った。
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このようにTEPPAの鉈は、職人の手を介した地場産業の総合力でできていた。そしてその工場を訪ねる取材は、ものづくりの街三条市の明るい未来を見せつけてくれる旅でもあった。