ボリビアのウユニ塩湖をMTBで横断する。当時はインスタ映えを狙ったツーリストの姿など皆無。標高3,600mの高度と200㎞近い無人地帯は人力移動者にとっては大冒険だった。
文:ホーボージュン
アウトドアのギアには長く使えるモノが多いが、果たしてオレはひとつの道具を何年ぐらい使い続けてるんだろう……?
先日、ふとそんなことが気になって自宅のギア部屋を引っかき回してみた。僕は仕事柄最新モデルを使うことが多いのだが、それでも愛用の道具の中には年季の入ったギア類がけっこうまざっていた。よく見るとその中には80〜90年代のクラシックなものもある。
マルキルの水筒、ライヨールのポケットナイフ、ピューターフラスコ、ビーンブーツ、MSRのガソリンストーブ……。そんなベテラン勢のなかにあったのが、このサーマレストの「Zシート」だ。凸凹のクローズドセルマットを屏風型に折りたたむ「Zレスト」のアイデアを、そのままミニチュア化したマニアックな製品だ。
「うわあ、懐かしい!」
ダークグリーンのこの色を見て、思わずそう声を出す人もいるかもしれない。僕がコイツを手に入れたのは1998年。今から26年も昔のことだ。そして驚くことにこれは「昔使っていた懐かしい道具」なんかじゃなく、今も現役として使っている。じつに四半世紀に渡り使い続けているのである。
*
このZシートは友人のイトーが旅の餞別にくれたものだ。当時イトーは『アウトドアイクイップメント』というアウトドア雑誌で僕の担当編集をしてくれていたのだが、ある日僕は「雑誌の仕事を辞めて放浪の旅に出たい!」という衝動を抑えきれなくなった。この頃、テレビやラジオでは奥田民生の『さすらい』がかかりまくっていて、僕はその「さすらいもしないでこのまま死なねえぞ」というセリフを真に受けてしまったのだ。
目指す旅先は南米大陸。旅の手段は大好きだったマウンテンバイクにした。僕はフレームやキャリアをゼロから設計し、ギアやサスペンションセッティングを練り、何か月もかけて大陸横断用のスペシャルバイクを作りあげた。
バイク本体だけでなく、キャンプギアにも徹底的にこだわった。僕らの作っていた『アウトドアイクイップメント』誌はその分野の専門である。当時はまだ「ウルトラライト」という言葉もなかったが僕とイトーは世界中から軽くて機能的なギアをせっせと集め、その旅支度の過程を誌面で紹介したりもした。
そしてやってきた出発の日、イトーがヒョイとこれをくれたのだ。
「重量は実測で60gです。これなら荷物にならないでしょう」
「サンキュー。玉座にするよ。これで世界はオレのものだ」と僕はいった。
この当時、僕らは世間で大流行していた大掛かりなオートキャンプスタイルをバカにしていた。肘掛け付きのキャンピングチェアにふんぞり返ってチーズフォンデュなんかを食べるより、地べたに座ってヌガーバーをかじるほうが何倍もクールだと思っていた。アウトドアライフの基本は原点回帰だ。イスなど要らない。この大地こそが僕らのイスだ。大地に座ればそこが自分の王国になる。そんな原稿を僕はよく書いていた。しかしイトーが餞別にくれたZシートはイスですらない。座布団と呼ぶのもおこがましい。あまりのペラペラさに僕は笑った。ミニマムにもほどがある。だがその“軽薄さ”が僕はとても気に入った。
*
僕の旅は赤道直下のエクアドルを出発し、ペルー、ボリビア、チリ、アルゼンチン、そして大陸最南端のパタゴニアまで8か月続いた。ほとんどが野宿で、その途中には無人地帯も多かったので食事は焚き火で自炊をした。
その毎日で、この薄っぺらなZシートは大活躍をしてくれた。MTBを漕いでいる時にはリアキャリアの上に乗せて荷物の緩衝材にした。僕は撮影用に一眼レフとレンズを入れたカメラバッグを持っていたのでそのクッションにちょうどいい。テントサイトではもちろん座布団として活躍してくれたし、眠る時には枕代わりにした。またメルカド(マーケット)で買ったワインボトルやインディオのお母さんに持たせて貰った新鮮な卵をダートロードの酷い振動から守るためにグルグル巻いて使ったりもした。
そうそう、焚き火を熾すときのウチワにもよかった。カラカラに乾いたサボテンの芯を着火材代わりに使い、なんどコイツで火を熾したことだろう……。コイツはただの座布団なんかじゃなく、旅の暮らしの超お役立ちグッズだった。
南米縦断の旅から帰った後も僕はコイツを愛用した。シーカヤックツーリングではシートクッションにしたり、デッキにドライバッグを縛り付ける時の滑り止めにしたり、ハッチの中に入れる貴重品の緩衝材に利用した。ポリエチレン素材は水分を吸うことがなかったので、海水を被っても気にならない。
雪山へ持って行くことも多かった。雪の上に座ると尻が冷える。そんな時にザックのサイドポケットからサッと取り出して座れるのは助かった。じつはつい最近も北アルプス立山連峰でスノーキャンプとバックカントリースノーボードをしていたのだが、その山行にも持っていった。季節やアクティビティを越えていつも僕の側にいた。
*
こんなふうに使い続け、気づけば四半世紀も一緒だ。苛酷な使用ですっかりヘタリ、厚みはもう1.2cmぐらいしかない。しかも本当は六つ折りなのに一片がちぎれ飛んで五つ折りになってしまっている。いいかげん買い換えればいいのだが、付き合いが長すぎて縁を切る気にはとてもならない。
先日イトーにその話をしたら「僕もあの時に買ったZシートをいまだ現役で使っていますよ」と笑っていた。雑誌は廃刊になり、イトーの勤めていた出版社も潰れてしまったが、フリーランスの編集者になったいまもイトーは僕と同じZシートを仕事用のイスに敷いて愛用しているそうだ。アウトドアーズマンというのはみんなモノ持ちがいい。
軽くシンプルな道具はどこにでも連れて行ける。だから何度もいっしょに旅に出る。そしてそうやっていくつもの旅を共にした道具には「想い」が乗っかる。ハカリに乗せたときの重量は60gのままだが(いや、一辺がちぎれたので44gだ)、旅の思い出はあまりに大きすぎて、小さなデジタルスケールでは計りきれない。
吹けば飛ぶようなこの小さなマットは、僕にはとても重く、そしてかけがえのない存在なのだ。